兄弟の比較・そして差

久米正雄の「受験生の手記」の一部を読んだ。
現在amazonでも売っていない。それもそのはず、大正時代の文学であるから。
・・・と思ったら、小説本の一部にあった。

学生時代 (新潮文庫)

学生時代 (新潮文庫)

映画化(?)されたそうだが、現在DVDではリリースされていないようである。


今回はこの作品の紹介、その後タイトル通り、兄弟の比較や差について思ったことを自分が今一番読んでいるマンガ「アイシールド21」に登場する兄弟について語りたいと思う。
以下説明&ネタバレ


まぁ物語の一部だけなんですけど、あまりにも面白かったので紹介します。

時代背景はわからないけど、久米正雄芥川龍之介菊池寛といった大正期の文学人である。たぶん大正時代の話・・・なのかな?


登場人物は以下の通り。

一高*1に落ち、1浪した「私」こと健吉は、7月*2の入学試験に備えて上京し、一高をめざす弟(健次)と、千駄木の義兄(健吉or健次の姉の旦那)の家に寄宿していた。また、澄子は、日曜日ごとに義兄の家に遊びに来る、義兄の姪である。

この話は主人公(以下健吉)の他に(以下健次)、(以下「」)が登場する。義兄、つまり姉の旦那さんは登場しないが、その(以下澄子)が登場するようである。


うん、確かにコレだけ見ると健吉健次ライバルなんだろうな。
実際にこんな設定がある。

着実に勉強する健次と同じ部屋にいるのを苦痛を感じた健吉は、友人のいる西光寺の部屋に移った。

うわぁ・・・これはお兄さんやった人や、やっている人にはわかるだろうけど、かなりの苦痛プレッシャーを感じますよ。


しかし、なぜ義兄の「姪」がいきなり登場するのだろうか。

屈託が無く、無邪気な澄子に健吉は完全に恋をしている。

青春ですね。時代が変わろうと、この時期のは必ずあるはず。
ちなみに健吉澄子のことを「澄子さん」と読んでいるので、姪といえども年下ではないだろう。


ここで気づく人はいるだろうが、澄子は日曜日ごとに「義兄の家」に遊びに行くので、西光寺にいる健吉澄子にはしょっちゅう会えるものではない。
実際に文章にはこう書いてある。

日曜日毎には、私もきっと午前から義兄の家へ遊びに行った。そして午後から澄子さんの来るのを待った。しかしそう繁々、澄子さんの来る日のみ目がけて、千駄木に行くことには気がひけた。それで時々は他の日も訪れた。日曜日にも行きたいのを抑えて、三度に一度は我慢した。しかしそんな日は家にいても、少しも勉強が手につかなかった。どうかするとかけ違って、二度も続けて澄子さんに会えない事があった。或る日は私の行き方が遅かった。

こういう経験する人はいるんじゃないでしょうか?中にはストーカーまがいだと思う人もいるでしょうがw
健吉は素直じゃないですねwww他人を気にしすぎているんでしょう。
好きなら雑音なんか気にすんなよ!
私ならこんな計算づくじゃないんで、毎週会いに行きますけどねw


ただ、会えない日には「勉強が手につかなかった」と書いてあるが、会った日のその後も「勉強が手につかなかった」んじゃないの?w


こういう話でこんな様子をよく知るのは主人公のライバル、という展開もあるけど、この話では「」がよく見ていたという。これもまたよくある展開。「」は健吉が恋していることに気づいていて、健吉をからかっています。
例えば、澄子がいたけど健吉が来るちょっと前に帰った時にこの事情を言い、健吉をみて微笑みながらこう付け加えた。

「お気の毒さま・・・・・・」

もうバレバレwそれに対する健吉の反応。

「馬鹿な。―」私は紅くなって物が言えなかった。

バカな!」という、よく漫画にあるような表現は大正文学を参考にでもしたんでしょうか
そんな弟の反応を面白がって「」は健吉澄子健吉を気にしているような発言をわざと言います。
そういう「」の追究が健吉にとって「嬉しかった」と・・・・・


注意。男はマゾです


それを勉強のせいにし、忙しいから会えないんだ、と健吉は「」に反論。実際は今までの不勉強を恥じて、これから勉強しよう、と思っている・・・w
いや健吉君わかりますよww面白い子やわ。
ここで「」は澄子は無邪気だから誰とでも仲良くなっちゃう子だ、そして健次とは兄弟のように仲がいいのよ、と言う。
当然健吉はどきりとします。表面は平生を装いながら「」に気にしちゃいないと言いますが、「」は「いや動揺してんのバレバレだからw」と眼で笑っています。


さてここからは健次への嫉妬にまみれた話。どうやら健吉は色事に関しても健次に負けている・・のか?
この話はずっと健吉の視点から書かれている。タイトルの「受験生の手記」という受験生は健吉なのだろう。
だから健吉の深読みしすぎじゃないのか、という推測を読者は立てる。


ではその嫉妬の彼が言う裏付をみていこう。

シーン1:健次澄子の謎の笑い声

別にこうやってタイトルつけてやる意味はないんですけどwまぁ付き合ってくれ

或る日、健吉が義兄の家へ行ったとき、健次の部屋*3から健次澄子の笑い声が聞こえてきた。
嫉妬した健吉は襖を開けた。すると、その笑い声はピタッと止んだ・・・。
二人の間に割って入るようにして何か面白いことでもあったのかと健吉
しかし澄子は素っ気無く
「いいえ何でもないの。」
と答えた。さらに追窮する健吉。しかし澄子は何でもないと。そして
「ねえ健次さん。何でもないわねえ。」
と首を傾げて健次の顔を覗き込んだ。すると健次は満悦ぎみにこう言った。
「ほんとに何でもない事なんですよ。」
澄子は笑っていたら何だったか忘れてしまったといい、清々と微笑んだ。


健吉は思った。
(二人だけの秘密で楽しんでいるのか。くそ、オレはいつもあいつより下なのかよ。・・・だけど怖くて追究はできない・・。)
その日、健吉澄子と余り話さなかった・・・・。

急に襖をガラッって開けたら、誰だって驚くわそりゃwww
ちなみに健次の部屋は2階にある。
だから、階段の音で笑いが止まるだろう、と考える人もいるかもしれないが、締め切った部屋で話し込んじゃうと結構外の音は聞こえないものですよ。


まだあるそうだ。

シーン2:澄子とその付き添いを担う健次の謎の行動

或る日の午後。健吉千駄木に出かけた。
澄子が来るのは昼過ぎ。そしたらゆっくり会えるに違いない。そう健吉は思った。
すると義兄の家の方へ曲る横町で、見覚えのある緑色の日傘を見かけた。それは遠くからやってきて、近づいてきた。
澄子さん?健吉は人違いだと思った。が傾いた日傘の下に見える肩から下へかけての輪郭、そして足どり。
間違いない。いつも健吉が見逃せない彼女の特長があった。


健吉は思った。
澄子さん!うわっ道端じゃあまり会わないから、マジ緊張するわ。)
そしてさりげなく歩き進んだ。


澄子健吉がわかったようだ。
すると そ の 時、澄子くるりと背後を振り向いた。そして背後の誰かに合図するような事をした。
その途端に澄子の後から、健次が困ったような顔で[]
いてくるのを健吉は見た。
健吉はとっさにはっと思って立ちすくんだ。全身の血が一度に心臓へ衝いて来た。
(ウソだろ、澄子さん。そうなのか?)
が次の瞬間、健吉は強いて偽った平静のなかに歩み寄っていた。
そう、それは3人とも互いが向かい合って歩きつつ、間隔を狭めている健吉澄子と、約21メートル遅れて[]いて来た健次と、澄子を中心に道の中央でひたと顔を合わせるかの如く・・・。


「もうお帰りですか。」
健吉は声を落ち着けて彼女に訊ねた。ただ、唇は独りでに引き攣る。
「ええ、今日は朝から行っていたの。」
澄子はいつものように平然と答えた。今日は家で用事があるそうだ。帰ろうと思っていた所へ、健次が買物に出るというので、送ってもらったそうだ。
「だけど健次さんは妙な人よ。わざわざ私を送るって言いながら、戸外[そと]へ出ると後から離れてあるくんですもの。」
「一緒に歩くのは厭ですよ。知った人に会うといけないから。」
健次澄子以上に無邪気に言い訳をした・・・


「どこまでいくんだ。」
詰問した口調・・・しまった、健吉健次に訊ねた。そこの通りまでだそうだ。
「そうか。じゃ行っておいで。―それじゃ澄子さん、さようなら。」
健吉は胸でわくわくしながら、さりげなく二人に一揖[いちゆう]*4をした。
「さようなら、又今度の日曜日にね。」
澄子鳥渡[ちょっと]甘えるように傘の中の首を傾げた。そうそれはいっそう無邪気に思えた。
健吉は二人を後に歩み去った・・・が、足どりは性急だった。
(くそ、健次のヤツ。なんで健次のヤツだけなんだ!あいつとオレじゃ全然違うのかよ。)
嫉妬の感で胸がいっぱいだった。健吉は義兄の家まで、日の光以外の何物も見なかった。日の光をみていると、余計に情けなくなった。


義兄の家につくころ、健吉は幾らか気が静まった。「」は健吉の顔見ると言った。
「今そこで澄子さんたちに会いやしなくって。」
「ええ会いました。弟と一緒でしたよ。」
そう、弟と一緒だったのだ。気が静まったとはいえ、健吉の胸には何かひっかかるようなものがあった。
「そう? じゃもう健吉さんに言伝[ことづて]しなくてもいいわね。澄子さんから聞いたでしょう。」
「いいえ、何も聞きませんでした。道端で会ったんですもの。」
会って「健次さん」の話を聞いただけだ。
「一体どんな言伝です?」
「この次の日曜にね。お暇だったら、家庭博覧会*5[]れて行ってくださいって。―今日は会わないで帰らなくちゃならないから、是非私にお願いをしてって事だったわ。」
家庭博覧会!?澄子さんと!やった!やった!・・・・・・(オレってホント澄子さんの行動に振り回されてるけど・・そんなことよりも純粋に嬉しい!)
「僕にですか。」
「ええ。一日位暇を作ってくれてもいいでしょう。そんな暇は無くって。」
暇ですよ!澄子さんのためなら・・・・。っとちょっと落ち着けオレ
「そうですねえ。そんな事をやっちゃいられない大事の場合だけれど、お伴させて貰うとしようか。」
」がニヤっと笑ったのを健吉は見なかった。


健次も買い物だけらしく、すぐに帰ってきた。なにか特別澄子とあったわけでもなかった。
健吉は先ほどの嫉妬を悔いた。しかも嫉妬の相手は健次、つまり弟である。心中甚だ恥ずかしいものがあった。


帰途にて健吉は思った。
(もう澄子さんを疑わない。オレは彼女を信じてやるんだ。)

澄子がもし健吉健次と恋仲だということを隠して、健吉に無邪気にこういう反応をするのならかなりの策士ですwその可能性も否定できない。
しかし、おさんの「無邪気で誰とでも仲良くなれる」という発言は功を奏す。
一見澄子が誰とでも仲良くしてしまうから、健吉だけ特別ではないと思ってしまう。これは舞い上がっている時にそう思う。
だが、落ち込んでいたときにお誘いの話があり、弟だけ特別ではないと思わせてもしまう。これが澄子を疑うまいと決心させたんだろう。


にしても健吉は被害妄想(?)をすーぐ持っちゃうんだな。ま、わからなくもない。そしてこの「」の発言で落ち込んだり、立ち直ったりするもんさ。
しかし健吉は結局健次より出来がいいと思っているのかねえ?そうでなかったら、自分は健次よりも出来が良くなるんだとも思っているのか?どっちつかずなのだ。


ここで登場。「アイシールド21」でいう兄弟といえば、まさに阿含雲水の関係。双子だけど、生まれつき才能を感じていた雲水にそういう点で、健吉は似ていると思う。
ただし、雲水の場合は健吉と違い、苦痛を飲み込み才能の差を認め、しかも弟の礎になることを決意している。自分は凡才だ。凡才の自分は天才である弟には適わない。だから凡才のオレは天才の弟の才能の引き立て役になるんだ、と割り切っていた。
天才と凡才の関係で言えば、天才のと凡才の桜庭もそうである。しかし、桜庭は天才のよりも才能がある、勝ちたいという気持ちがあり、を生かす道ではなく、自分がには無いもの・勝てる要素で勝負し、高見というパートナーのおかげもあったが、と双璧をなすまでになった。
ただ、これは少年漫画だから、あまりにも暗い展開になるのはまずいし、少年漫画のキャラクターには魅力性がないとだめだからこういう設定なのだと思う。
しかし、健吉はどうだろう。もっと素直になって、澄子に近づけばいいのにこうやって微妙な関係をとっている。これでは才能のある健次追いつこうとしているわけでも無く、かといって諦めて健次を生かしてやろうとういうわけでもない。つまりこれは雲水でもなく、桜庭でもない。
しかも健吉健次の才能をきちんと認めてない。だからまだちゃんとした挫折をしていないのだ。
ただし、きちんと認めていないだけであり、認めている節はある。
例えば、義兄で同じ部屋だったときに、その才に気づいた。だから健吉は他の家に寄宿した。
また、健吉健次澄子が二人でいるのを疑ったとき、追究する勇気を持っていない。これは臆病だからなのかもしれないが、それならわざわざ会いに来たりはしない。つまり少し諦めもあったんじゃないのかと思う。
しかし、認めているようであって、まだどこか認めずにいる部分もある。中途半端なのだ。
これでもし、このままズルズルいってしまい、健次澄子と本当の恋仲になってしまったら、兄としてはどうしようもなくなるだろう。なぜなら、追い抜いてもいないし、ましてや割り切ってもいないのだ。さっきも言ったように、健吉という男、澄子に会いにいくのにも躊躇している。


実は中途半端どっちつかず一番怖いのである。たとえ受験期で不安定だったのだとしても、たとえ一高を受けようと思えるくらいの才能があったのだとしても、自分の意思の主張は必要だし、決めるべきことは決めなくてはならないのだ。
今回、この「受験生の手記」を読んで、ふと、つい最近まで「才能と努力」がテーマだった「アイシールド21」を思い出した。


追記:実は私はたった今、この話の最後までを知った。


以下は[Ctrl]+[A]で反転。


今も大正時代も受験戦争は変わらないわけで、第一高等学校といえば全国の秀才がやってくる。そこに一つ違いの兄弟が受験する物語であります。兄は一度、失敗していますので弟と一緒に受験します。一高を受験するのですから兄は相当な秀才ですが、弟はさらに秀才という兄弟です。兄は弟の勉強の進み具合が気になってしかたない訳で、それとなく問題を出し、さぐりをいれます。しかし弟はなんなく解いてしまう。兄としてはプライドはある、周囲の期待はある、でプレシャーが襲いかかります。そのうえ、恋敵が弟であります。これでは勉強に身が入らないのは当たり前なのですが。それでも勉強を続けます。崖プチに立たされた人間の苦しさが書かれています。ライヴァルが兄弟というのは辛い、本当に辛いと思います。

試験終了5分前
にわからない問題の解法が突如ひらめくことは経験することですが…。(これほど悔しいことはありませんね。)…しかし時間が…(汗!)
― 試験官は大声で「もう答案を出す用意をする」と注意した。私は無反応にそれを聞いた。
もう絶望だ、がもう一度未練を以って見直した。
その時、不幸にも余りにも遅く、私はふとあれではあるまいかという解法が浮かんだ。
急いで式を立てた。式はうまくたった。
更に慌てた喜びの中に、私は急いで計算にかかった。
するとその中途で鐘が鳴り渡った。万事は休した。

健吉が絶望してから、売春街にむかうというものはきわめて象徴的な行為・・・。


以上は他サイトからの引用。
つまり、この後あまりいい展開になりません。


この後、健吉は結局健次に澄子を取られてしまいます
しかも、兄弟で一高を受けるわけですが、健次は受かり、健吉は落ちます
本当にいいことなしの健吉さんですw


そして、これは笑い事ではありませんが、健吉は夜に夜行列車に乗り、福島県の猪苗代湖に行きます。
そこで・・・彼は・・・湖に入って・・・・・・・

学生時代 (新潮文庫)

学生時代 (新潮文庫)

*1:現在でいう東京大学教養学部。昔東大は、駒場の一高で学んでから本郷の東京帝国大学に進むという流れだった。ちなみにこの頃の高等学校というのはすべて官立(=国立)で、第一高等学校から第八高等学校までの八校しかなく、高等学校を卒業すると帝国大学(東京、京都、九州、東北)のどこかに必ず入れるようになっていたのだ。

*2:当時大学は、9月が始業であった。

*3:その時はもう健次1人の部屋

*4:軽い会釈

*5:生活改良会の設立と同じ大正4年に、約2カ月間にわたり上野不忍池畔で国民新聞社主催で、「時代に適合したる家庭及び家庭の生活を、理論の上に説かずして、ありのままの実際に示さん」ことを目的に家庭博覧会が開催された。会場には衣食関係の出品物と並んで、公募出品された住宅の実物模型が展示された。今で言う万博のような博覧会。